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154 第143話

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着信バイブ
それは一度の震えで止まった。
病室のドアを開く音
靴の音
「容態は。」
「安定しています。今は眠っています。」
「そうか。」
「極度の疲労が原因かと。」
「特高はこれからどうするんだ。百目鬼理事官。」
「若林警視正が片倉の後を引き継ぎます。」
「大丈夫なのか。」
「問題ありません。松永課長の人選です。朝倉事件時、石川で活躍した人物です。私がこうして上杉情報官と直接お会いできるのも若林警視正の調整力の高さです。」
「…そのようだ。」
パイプ椅子を引く音 座る
椅子に座った上杉は片倉の眠るベッドの横に装着されたガードを握った。
「年配だな。」
「片倉ですか。」
「ああ。」
「能力がすべてです。年は関係ありません。」
「…。」
「石川には70代の捜査員もいます。」
「…ダイバーシティ。」
「いかにも。」
「聞こえは良いが、その実慢性的な人員不足に悩まされている。」
「おっしゃるとおりです。」
「お互い予算だけではいかんともしがたいな。人材確保というものは。」
「はい。」
「防諜機関でありながら、敢えてスパイを受け入れ、それを正規のスタッフとして使わねばならん。」
「それほどまでに内調も人員が不足しているということですか。」
「そっち(警察)は潜入される方だが、こっち(内調)は敢えてだ。そこのところ間違いの無いように。」
「御意。」
「人材確保は急務だ。」
「このヤマが終わったら、採用のほうに行きたいもんです。」
「何か妙案が?」
「無いことはないです。」
「ま、そのときは知恵を貸してくれ。」
「はい。」
さてと行ってベッドガードから手を離した上杉は立ち上がった。
「今日だろ。」
「これからです。」
「大体の流れは予想できるが、後で報告を入れてくれ。こちらで調整する。」
「はい。」
何があっても冷静沈着。
感情を表に出すことなど決して無い。
冷淡にも思えるが、インテリジェンスの世界のトップであるポジションの彼がそうであることは、指揮下で動く人間にとってはむしろこれ以上のない信頼でもある。
病室を後にする上杉を見送った百目鬼は呟いた。
「感情を捨てた人のはずなのに、こうやって捜査の最前線までふらっと顔を出し現場の信頼を得る。並の人間にはできることじゃない…。」
片倉の方を見ると彼が目を覚ます気配はない。
「じゃ行ってくるわ。気が向いたら顔出してくれ。」
こう言って百目鬼も病室から早々に退散した。
ドアを閉める音
百目鬼が去って10秒程たっただろうか、片倉は目を開いた。
そして上杉が握っていたベッドガードに触れる。
「手汗でびしょびしょやがいや…。」
テッシュをとる音
「まぁ感情は捨てきれるもんじゃねぇって事や。」
片倉は訝しげな表情でベッドガードを拭いた。
「雲の上の存在であるにも関わらず、不意を突くように捜査現場まで足を運ぶ。そして百目鬼理事官には冷静沈着であるぞと振る舞い、寝たふりの俺には緊張しまくっとるんやぞと心の内をさらけ出し、早く戻ってこいと暗に言う。どんな感情コントロールしとるんや。恐れ入るわ…。」
拭いたそれをゴミ箱に捨てた彼は枕元の携帯電話を見た。
「トシさんから?」
古田の離脱は岡田からの報告で知っていた。
「んー…。」
かつての部下である岡田から休めと言われ「はいわかりました」と素直にその言いつけを聞く。そんな個性を古田が持ち合わせていないことは、付き合いの長い片倉は知っている。
スッポンのトシ。そう呼ばれた古田のことだ。捜査から外されても独自のルートでその真相を解明するよう動くだろう。
しかし捜査を外されたといえども古田は岡田の部下だ。
ついさっき古田の上司、岡田はケントクをすっ飛ばして特高が椎名の管理をしているのはないかと疑いをかけてきた。その疑念を晴らすことはできたように感じたが、ここでまた特高の長である自分が岡田をすっ飛ばして、彼の部下である古田と直で連絡を取り合うと、二つの部署の間に新たな亀裂を生じさせかねない。
「今は無理や…トシさん。」
古田の着信を片倉は黙殺した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝のルーティンをこなす椎名
冷蔵庫を開ける音
「しまった…。」
常備しているはずの牛乳がまたもない。ため息をついた椎名は面倒くさそうに外に出た。
コンビニの音
ドアを閉める音
備品棚に手を伸ばした彼は、そこから携帯電話を取り出した。
電話発信音
「おはようございます。少佐。」
「おはよう矢高。現状を報告されたい。」
「朝戸がボストークに接触。」
「無事接触できたか。」
「明日の爆破について指南完了です。」
「そうか。」
「ただちょっとモタつきまして。」
「モタついた?」
「はい。そのとき公安を二名連れて来てしまいました。」
「ボストークにか。」
「はい。なのでこの二名についてはその場で処理しました。」
「つじつま合わせは大丈夫か。」
「現在のところ問題はない状況です。」
「しかしいずれ明るみになる。」
「はい。ですが例の時刻までは引っ張ることは可能かと。」
「くれぐれもヤドルチェンコにそのことを悟られないように。」
「念を押してあります。」
「俺はこれより単独任務に移る。決行の時まで俺とは基本連絡は取れない。」
「ベネシュ隊長との連絡はいかがしますか。」
「通信は使えない。ベネシュ隊長もそうだが、冴木も同様だ。」
「御意。では使いの人間を送るようにします。」
「頼む。」
今電話をしている携帯とは別の、椎名のポケットに入っているものが震えたため、それを彼は取り出した。
冴木からのメッセージには、椎名が入った便所の前に公安が待ち伏せしている。椎名が退出後、その中を改めるようだとあった。
椎名はそれに了解と返事をしてそれをしまった。

「差し支えなければお教えいただけますか。」
「何を?」
「少佐のその任務です。」
「…極秘である。」
「…。」
「それ以上の情報が必要であるか?」
「いえ。十分です。」
「Слава Отечеству.祖国に栄光あれ。」
「Слава Отечеству.祖国に栄光あれ。」
流す音
トイレから出ると中年男性がそわそわとした様子で、そこに立っていた。
おそらく自分の退出を待つ望んでいたのだろう。
彼に会釈をした椎名は牛乳を手にしてレジに向かう。
「274円です。」
「ディンギで。」
ディンギ音
「Этот магазин недоступен только сейчас. たった今からこの店は使えない。」
エタット マガジン 値DOSツペン とるこ せいちゃす
こう言って椎名は携帯電話を店のレジ係に渡した。
「Спасибо.」
「Пожалуйста.」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こちら椎名班。コンビニトイレに特に変わった様子はありません。」
「念のためコンビニそのものも改めてほしい。」
「了解。」
背もたれに深く身を委ねた冴木は大きく息をついた。
ドアを開く音
「おはよう。」
岡田が部屋に入ってきた。
「おはようございます!」
「あれ?」
立ち上がる冴木を見て岡田は要領が掴めない表情を見せた。
「マサさんは?」
「休憩されています。」
「あ、そう。」
「30分ほど休むっておっしゃって出て行かれましたが、すでに1時間は経ちました。」
「…疲れてんだろう。」
「そのようです。」
「君は?」
「あ、自分冴木と申します。」
「冴木?」
「はい。」
「どこかで見たような…。」
「光定公信の警備担当でした。」
「あ!なんでお前がここにいるんだ。」
「光定班の班長から中に戻れって言われまして。」
「待て、こっちにはろくに調べの報告も入ってきてないぞ。」
「しかしそんなことを言われても、自分は班長に言われたとおりにここに来たので…。」
岡田はため息をつく。
そして鼻息荒く冴木の前にある無線機器を操作し、そのマイクに口を近づける。
「本部から光定班。」
応答はない。
「こちら本部。光定班班長、応答せよ。」
またも応答がない。
「本部から光定班。」
「はい!光定班。」
「班長か。」
「いいえ、自分は班長ではありません。」
「班長に用がある。班長と繋いでくれ。」
「班長はいま調べ中でして…。」
「至急だ。とにかく繋げ。」
「あ!はい!」
「なに呆けたこと言ってんだ…。」
待つこと数分
「光定班から本部。」
「班長。これはどういうことだ?」
「申し訳ございません。班長の行方がわかりません。」
「はぁ!?」
「自分は班長ではありません。班長は調べ室の中にいるものと思っていたのですが、いらっしゃらないんです。」
「おい、お前さっきから調べ調べって言うけど、班長は何の調べやってんだ。」
「冴木の調べです。」
「…え?」
岡田はとっさに振り返る。
先ほどまで話していた冴木の姿はその部屋には無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【Twitter】
https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM
ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。
すべてのご意見に目を通させていただきます。
場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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病室のドアを開く音
靴の音
「容態は。」
「安定しています。今は眠っています。」
「そうか。」
「極度の疲労が原因かと。」
「特高はこれからどうするんだ。百目鬼理事官。」
「若林警視正が片倉の後を引き継ぎます。」
「大丈夫なのか。」
「問題ありません。松永課長の人選です。朝倉事件時、石川で活躍した人物です。私がこうして上杉情報官と直接お会いできるのも若林警視正の調整力の高さです。」
「…そのようだ。」
パイプ椅子を引く音 座る
椅子に座った上杉は片倉の眠るベッドの横に装着されたガードを握った。
「年配だな。」
「片倉ですか。」
「ああ。」
「能力がすべてです。年は関係ありません。」
「…。」
「石川には70代の捜査員もいます。」
「…ダイバーシティ。」
「いかにも。」
「聞こえは良いが、その実慢性的な人員不足に悩まされている。」
「おっしゃるとおりです。」
「お互い予算だけではいかんともしがたいな。人材確保というものは。」
「はい。」
「防諜機関でありながら、敢えてスパイを受け入れ、それを正規のスタッフとして使わねばならん。」
「それほどまでに内調も人員が不足しているということですか。」
「そっち(警察)は潜入される方だが、こっち(内調)は敢えてだ。そこのところ間違いの無いように。」
「御意。」
「人材確保は急務だ。」
「このヤマが終わったら、採用のほうに行きたいもんです。」
「何か妙案が?」
「無いことはないです。」
「ま、そのときは知恵を貸してくれ。」
「はい。」
さてと行ってベッドガードから手を離した上杉は立ち上がった。
「今日だろ。」
「これからです。」
「大体の流れは予想できるが、後で報告を入れてくれ。こちらで調整する。」
「はい。」
何があっても冷静沈着。
感情を表に出すことなど決して無い。
冷淡にも思えるが、インテリジェンスの世界のトップであるポジションの彼がそうであることは、指揮下で動く人間にとってはむしろこれ以上のない信頼でもある。
病室を後にする上杉を見送った百目鬼は呟いた。
「感情を捨てた人のはずなのに、こうやって捜査の最前線までふらっと顔を出し現場の信頼を得る。並の人間にはできることじゃない…。」
片倉の方を見ると彼が目を覚ます気配はない。
「じゃ行ってくるわ。気が向いたら顔出してくれ。」
こう言って百目鬼も病室から早々に退散した。
ドアを閉める音
百目鬼が去って10秒程たっただろうか、片倉は目を開いた。
そして上杉が握っていたベッドガードに触れる。
「手汗でびしょびしょやがいや…。」
テッシュをとる音
「まぁ感情は捨てきれるもんじゃねぇって事や。」
片倉は訝しげな表情でベッドガードを拭いた。
「雲の上の存在であるにも関わらず、不意を突くように捜査現場まで足を運ぶ。そして百目鬼理事官には冷静沈着であるぞと振る舞い、寝たふりの俺には緊張しまくっとるんやぞと心の内をさらけ出し、早く戻ってこいと暗に言う。どんな感情コントロールしとるんや。恐れ入るわ…。」
拭いたそれをゴミ箱に捨てた彼は枕元の携帯電話を見た。
「トシさんから?」
古田の離脱は岡田からの報告で知っていた。
「んー…。」
かつての部下である岡田から休めと言われ「はいわかりました」と素直にその言いつけを聞く。そんな個性を古田が持ち合わせていないことは、付き合いの長い片倉は知っている。
スッポンのトシ。そう呼ばれた古田のことだ。捜査から外されても独自のルートでその真相を解明するよう動くだろう。
しかし捜査を外されたといえども古田は岡田の部下だ。
ついさっき古田の上司、岡田はケントクをすっ飛ばして特高が椎名の管理をしているのはないかと疑いをかけてきた。その疑念を晴らすことはできたように感じたが、ここでまた特高の長である自分が岡田をすっ飛ばして、彼の部下である古田と直で連絡を取り合うと、二つの部署の間に新たな亀裂を生じさせかねない。
「今は無理や…トシさん。」
古田の着信を片倉は黙殺した。
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朝のルーティンをこなす椎名
冷蔵庫を開ける音
「しまった…。」
常備しているはずの牛乳がまたもない。ため息をついた椎名は面倒くさそうに外に出た。
コンビニの音
ドアを閉める音
備品棚に手を伸ばした彼は、そこから携帯電話を取り出した。
電話発信音
「おはようございます。少佐。」
「おはよう矢高。現状を報告されたい。」
「朝戸がボストークに接触。」
「無事接触できたか。」
「明日の爆破について指南完了です。」
「そうか。」
「ただちょっとモタつきまして。」
「モタついた?」
「はい。そのとき公安を二名連れて来てしまいました。」
「ボストークにか。」
「はい。なのでこの二名についてはその場で処理しました。」
「つじつま合わせは大丈夫か。」
「現在のところ問題はない状況です。」
「しかしいずれ明るみになる。」
「はい。ですが例の時刻までは引っ張ることは可能かと。」
「くれぐれもヤドルチェンコにそのことを悟られないように。」
「念を押してあります。」
「俺はこれより単独任務に移る。決行の時まで俺とは基本連絡は取れない。」
「ベネシュ隊長との連絡はいかがしますか。」
「通信は使えない。ベネシュ隊長もそうだが、冴木も同様だ。」
「御意。では使いの人間を送るようにします。」
「頼む。」
今電話をしている携帯とは別の、椎名のポケットに入っているものが震えたため、それを彼は取り出した。
冴木からのメッセージには、椎名が入った便所の前に公安が待ち伏せしている。椎名が退出後、その中を改めるようだとあった。
椎名はそれに了解と返事をしてそれをしまった。

「差し支えなければお教えいただけますか。」
「何を?」
「少佐のその任務です。」
「…極秘である。」
「…。」
「それ以上の情報が必要であるか?」
「いえ。十分です。」
「Слава Отечеству.祖国に栄光あれ。」
「Слава Отечеству.祖国に栄光あれ。」
流す音
トイレから出ると中年男性がそわそわとした様子で、そこに立っていた。
おそらく自分の退出を待つ望んでいたのだろう。
彼に会釈をした椎名は牛乳を手にしてレジに向かう。
「274円です。」
「ディンギで。」
ディンギ音
「Этот магазин недоступен только сейчас. たった今からこの店は使えない。」
エタット マガジン 値DOSツペン とるこ せいちゃす
こう言って椎名は携帯電話を店のレジ係に渡した。
「Спасибо.」
「Пожалуйста.」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「こちら椎名班。コンビニトイレに特に変わった様子はありません。」
「念のためコンビニそのものも改めてほしい。」
「了解。」
背もたれに深く身を委ねた冴木は大きく息をついた。
ドアを開く音
「おはよう。」
岡田が部屋に入ってきた。
「おはようございます!」
「あれ?」
立ち上がる冴木を見て岡田は要領が掴めない表情を見せた。
「マサさんは?」
「休憩されています。」
「あ、そう。」
「30分ほど休むっておっしゃって出て行かれましたが、すでに1時間は経ちました。」
「…疲れてんだろう。」
「そのようです。」
「君は?」
「あ、自分冴木と申します。」
「冴木?」
「はい。」
「どこかで見たような…。」
「光定公信の警備担当でした。」
「あ!なんでお前がここにいるんだ。」
「光定班の班長から中に戻れって言われまして。」
「待て、こっちにはろくに調べの報告も入ってきてないぞ。」
「しかしそんなことを言われても、自分は班長に言われたとおりにここに来たので…。」
岡田はため息をつく。
そして鼻息荒く冴木の前にある無線機器を操作し、そのマイクに口を近づける。
「本部から光定班。」
応答はない。
「こちら本部。光定班班長、応答せよ。」
またも応答がない。
「本部から光定班。」
「はい!光定班。」
「班長か。」
「いいえ、自分は班長ではありません。」
「班長に用がある。班長と繋いでくれ。」
「班長はいま調べ中でして…。」
「至急だ。とにかく繋げ。」
「あ!はい!」
「なに呆けたこと言ってんだ…。」
待つこと数分
「光定班から本部。」
「班長。これはどういうことだ?」
「申し訳ございません。班長の行方がわかりません。」
「はぁ!?」
「自分は班長ではありません。班長は調べ室の中にいるものと思っていたのですが、いらっしゃらないんです。」
「おい、お前さっきから調べ調べって言うけど、班長は何の調べやってんだ。」
「冴木の調べです。」
「…え?」
岡田はとっさに振り返る。
先ほどまで話していた冴木の姿はその部屋には無かった。
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