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145 第134話

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陸上自衛隊兼六駐屯地内の一室で三好は男と向かい合って座っていた。
「そうです。我々はいざというときの即応体制を整えるためにいます。水際対策はあくまでもそちらの仕事。我々の存在は保険と考えてください。」
「と言うことは、自衛隊としてはその危機が目前にまで迫っているとの認識なんですか。」
「何度も言うように我々が動かないに越したことはない。そちらの仕事の内で完結するのが国益としては良とされることではないでしょうか。」
「確かに。」
「ただ最悪の場合、我々は動きます。そのために準備をする。それだけです。」
二人の前に金沢の住宅地図が広げられている。
蛍光ペンで印が付けられていた。
「この6拠点にロシア系の人間が集中的に住み込んでいる。で良いですね。」
「はい。」
「火器類を運び込んだ形跡などは。」
「そこまで把握できていません。」
「5月1日のテロ計画との関連性は?」
「それもわかりません。」
「警察として踏み込む予定は。」
「今のところそれはありません。」
「なぜ。」
「特定の人種を狙い撃ちにした強制捜査、すなわち人権弾圧とされかねない。」
「人権弾圧との批判を恐れて、自国民を危険にさらすのですか。」
「…。」
「政治があなた方にそう言ったのですか。」
「いいえ。」
「じゃあなぜそんなことを。」
「人権派の活動家が勢いづきます。」
小寺は腕を組む。
「うーん…よくわかりません。たかが活動家じゃないですか。」
「たかが活動家?」
「はい。ただ煽り散らかすだけしか能が無い連中。直接的な脅威はありません。」
「なるほど自衛隊は奴らをそう見てらっしゃると言うことですか。」
「公安特課は違う見方をしていると?」
小寺の目を見た三好はふうっと息を吐いて続ける。
「ご承知の通り我々公安特課に対する世論の風当たりは強い。現下のこの状況でそうような強硬手段に出ると、それをネタに人権派が勢いづきます。戦前特高警察の復活だ。とうとう本性を現したと。」
勘の良い小寺はこの三好の言を受け、何かに気づいたような表情を見せた。
「なるほど。立憲自由クラブのような反米右翼思想の連中には役立たずと罵られ、人権派の連中にも攻撃される。左右両方から袋だたきですか。」
「そのとおりです。」
「短期的にはたいした影響はないが、中長期的に世論に悪影響をもたらしますね。それは。」
「国民の信頼があって成り立つのが治安機関。それが我々の行動によって国民を分断するきっかけをつくる。そうなったら目も当てられません。」
「かつての自衛隊もそれに似た存在でしたよ。表に出たら戦争をする気だ、軍靴の足音が聞こえると騒がれ、表に出なければ税金泥棒、タダ飯くらいの役立たず。」
「それがここ数年でその自衛隊を取り巻く環境はずいぶんと変わったというわけです。」
「それはお宅ら警察もそうでしょう。」
「ご尤も。だからこの場を設けることができてる。」
二人はにやりと笑う。
「反米保守や革新派の活動家の動きについては、公安特課のお仕事です。そのハンドリングはお任せします。そちらはそちらで押さえ込みに専念してください。」
「はい。」
「我々としても独自のルートで得られた情報の提供を惜しみません。」
「ありがとうございます。」
「さっそくですが情報があります。」
小寺は一枚の写真を三好に見せる。
「三好さん。あなたこの男をご存じですね。」
写真を手に取ってそれを見る。
ずいぶんと頭を禿散らかした不潔感さえ感じさせる風貌の男ではないか。
「失礼、あなたがご存じの方はこちらの方でしょうか。」
こう言ってもう一枚の写真を手渡された三好は思わず声を出した。
「え?矢高?」
「はい矢高慎吾。」
二枚の写真を見比べる。
一方はスポーツ刈りの精悍な出で立ち。もう一方は見るも無惨な禿げ散らかしようで不潔感すら感じさせる風貌。
「対照的な印象のこの二枚の写真。同一人物です。」
「え!?」
「見事な変貌っぷりです。」
「え?どうして…。」
「作戦に関わることなので詳しくは話せません。私があなたにこのタイミングでこの写真をご覧に入れたには理由がございまして。」
「なんでしょう。」
「矢高慎吾。こいつだけは公安特課はノータッチでお願いします。」
小寺の目つきが変わった。
「現在、県警の岡田公安特課課長の協力者として活動する三好さん、そして同じく岡田課長の部下である富樫さん。おふたりはこの矢高と面識があり、かつて能登署勤務時にツヴァイスタンについての監視行動を水面下で行っていた仲でしたね。」
三好は何も言えない。この男どこまで調べているのだ。
「あなたや富樫さんがこの矢高と偶然接触するようなことが発生したとしましょう。その時は絶対にこいつを追わないでください。」
「なぜ。」
「我々の作戦行動の妨げになります。」
三好は口をつぐんだ。
「警察と自衛隊。この二つの組織で決定的に違う点を三好さんはご存じでしょうか。」
「なんでしょう。」
「6年前まではただ火力の強い警察的な存在でした。我々は。ですが今の我々は違う。」
「改正自衛隊法ですか。」
「はい。ちまたでは自衛軍創設と反米右翼の連中は叫んでいますが、名称なんかどうでもいい。実質的運用の部分で我々はすでに軍と同等の存在です。」
「ここでその話を持ち出すと言うことは、我々公安特課の存在が作戦遂行上邪魔であると判断された際は、実力で排除される可能性もあると。」
「はい。そのときの作戦判断によりますが。」
「しかしそんな強硬手段は許されるでしょうか。」
「許されるかどうかは改正自衛隊法によって裁かれます。我々は第一義的にこの改正自衛隊法の下にありますので。」
「実質的な軍法会議ってことですね。」
「はい。よくご存じで。」
三好はため息をつく。
「自衛隊と警察の法的な関係性は未だ整備がされていない点が多々あります。あまりにも強引な運用はせっかく積み上げた自衛隊の評判を落としかねませんよ。」
小寺はにこりと笑った。
「おっしゃるとおりです。なのでここは自衛隊と警察でしっかりと役割の線引きをしておいた方が良いと思うのです。」
「そうですね。」
「とにかく矢高慎吾。こいつは私らの管轄とします。三好さん。あなたも富樫さんも公私に関わらず奴と接点を持たないでください。」
「そのようにします。」
「またあなたら以外の公安特課の人間が奴と接触をした。そのような事があれば、すぐに私に報告ください。」
「いや待って。自衛隊は矢高をマークしているのでは?」
「24時間監視しています。ですが奴の携帯での連絡だけは傍受できずにいます。」
「携帯の傍受…。」
「はい。」
自衛隊情報部の実力は侮れないと耳にしていたが、ここまで徹底しているとは正直考えてもいなかった。
すでに作戦行動は始まっているのか。
三好の背中が寒くなった。
並べてあった矢高の写真をしまった小寺はふうっと息を吐いた。
「もしもその6つの拠点全てに既に火器が大量に運ばれていたとしたら…。」
「われわれ警察では対応不能です。」
「踏み込んでも返り討ちに遭ってしまう。ですか。」
「はい。拠点がひとつふたつならSAT投入に躊躇いはありません。ですが6拠点となると我々には無理です。」
小寺は頷く。
「自衛隊には対テロ部隊が存在すると聞きます。」
小寺ため息ついて
「そのような名称の部隊は自衛隊に存在しません。」
「...。」
「ですが我々の力をもってすれば、脅威を排除できるものと判断しております。」
「心強い限りです。」
「この日のために死に物狂いで訓練をしてきましたから。」
6年前の鍋島事件や朝倉事件時にはこうはいかなかった。
三好も小寺も隔世の感を禁じずにはいられなかった。
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145 第134話

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「そうです。我々はいざというときの即応体制を整えるためにいます。水際対策はあくまでもそちらの仕事。我々の存在は保険と考えてください。」
「と言うことは、自衛隊としてはその危機が目前にまで迫っているとの認識なんですか。」
「何度も言うように我々が動かないに越したことはない。そちらの仕事の内で完結するのが国益としては良とされることではないでしょうか。」
「確かに。」
「ただ最悪の場合、我々は動きます。そのために準備をする。それだけです。」
二人の前に金沢の住宅地図が広げられている。
蛍光ペンで印が付けられていた。
「この6拠点にロシア系の人間が集中的に住み込んでいる。で良いですね。」
「はい。」
「火器類を運び込んだ形跡などは。」
「そこまで把握できていません。」
「5月1日のテロ計画との関連性は?」
「それもわかりません。」
「警察として踏み込む予定は。」
「今のところそれはありません。」
「なぜ。」
「特定の人種を狙い撃ちにした強制捜査、すなわち人権弾圧とされかねない。」
「人権弾圧との批判を恐れて、自国民を危険にさらすのですか。」
「…。」
「政治があなた方にそう言ったのですか。」
「いいえ。」
「じゃあなぜそんなことを。」
「人権派の活動家が勢いづきます。」
小寺は腕を組む。
「うーん…よくわかりません。たかが活動家じゃないですか。」
「たかが活動家?」
「はい。ただ煽り散らかすだけしか能が無い連中。直接的な脅威はありません。」
「なるほど自衛隊は奴らをそう見てらっしゃると言うことですか。」
「公安特課は違う見方をしていると?」
小寺の目を見た三好はふうっと息を吐いて続ける。
「ご承知の通り我々公安特課に対する世論の風当たりは強い。現下のこの状況でそうような強硬手段に出ると、それをネタに人権派が勢いづきます。戦前特高警察の復活だ。とうとう本性を現したと。」
勘の良い小寺はこの三好の言を受け、何かに気づいたような表情を見せた。
「なるほど。立憲自由クラブのような反米右翼思想の連中には役立たずと罵られ、人権派の連中にも攻撃される。左右両方から袋だたきですか。」
「そのとおりです。」
「短期的にはたいした影響はないが、中長期的に世論に悪影響をもたらしますね。それは。」
「国民の信頼があって成り立つのが治安機関。それが我々の行動によって国民を分断するきっかけをつくる。そうなったら目も当てられません。」
「かつての自衛隊もそれに似た存在でしたよ。表に出たら戦争をする気だ、軍靴の足音が聞こえると騒がれ、表に出なければ税金泥棒、タダ飯くらいの役立たず。」
「それがここ数年でその自衛隊を取り巻く環境はずいぶんと変わったというわけです。」
「それはお宅ら警察もそうでしょう。」
「ご尤も。だからこの場を設けることができてる。」
二人はにやりと笑う。
「反米保守や革新派の活動家の動きについては、公安特課のお仕事です。そのハンドリングはお任せします。そちらはそちらで押さえ込みに専念してください。」
「はい。」
「我々としても独自のルートで得られた情報の提供を惜しみません。」
「ありがとうございます。」
「さっそくですが情報があります。」
小寺は一枚の写真を三好に見せる。
「三好さん。あなたこの男をご存じですね。」
写真を手に取ってそれを見る。
ずいぶんと頭を禿散らかした不潔感さえ感じさせる風貌の男ではないか。
「失礼、あなたがご存じの方はこちらの方でしょうか。」
こう言ってもう一枚の写真を手渡された三好は思わず声を出した。
「え?矢高?」
「はい矢高慎吾。」
二枚の写真を見比べる。
一方はスポーツ刈りの精悍な出で立ち。もう一方は見るも無惨な禿げ散らかしようで不潔感すら感じさせる風貌。
「対照的な印象のこの二枚の写真。同一人物です。」
「え!?」
「見事な変貌っぷりです。」
「え?どうして…。」
「作戦に関わることなので詳しくは話せません。私があなたにこのタイミングでこの写真をご覧に入れたには理由がございまして。」
「なんでしょう。」
「矢高慎吾。こいつだけは公安特課はノータッチでお願いします。」
小寺の目つきが変わった。
「現在、県警の岡田公安特課課長の協力者として活動する三好さん、そして同じく岡田課長の部下である富樫さん。おふたりはこの矢高と面識があり、かつて能登署勤務時にツヴァイスタンについての監視行動を水面下で行っていた仲でしたね。」
三好は何も言えない。この男どこまで調べているのだ。
「あなたや富樫さんがこの矢高と偶然接触するようなことが発生したとしましょう。その時は絶対にこいつを追わないでください。」
「なぜ。」
「我々の作戦行動の妨げになります。」
三好は口をつぐんだ。
「警察と自衛隊。この二つの組織で決定的に違う点を三好さんはご存じでしょうか。」
「なんでしょう。」
「6年前まではただ火力の強い警察的な存在でした。我々は。ですが今の我々は違う。」
「改正自衛隊法ですか。」
「はい。ちまたでは自衛軍創設と反米右翼の連中は叫んでいますが、名称なんかどうでもいい。実質的運用の部分で我々はすでに軍と同等の存在です。」
「ここでその話を持ち出すと言うことは、我々公安特課の存在が作戦遂行上邪魔であると判断された際は、実力で排除される可能性もあると。」
「はい。そのときの作戦判断によりますが。」
「しかしそんな強硬手段は許されるでしょうか。」
「許されるかどうかは改正自衛隊法によって裁かれます。我々は第一義的にこの改正自衛隊法の下にありますので。」
「実質的な軍法会議ってことですね。」
「はい。よくご存じで。」
三好はため息をつく。
「自衛隊と警察の法的な関係性は未だ整備がされていない点が多々あります。あまりにも強引な運用はせっかく積み上げた自衛隊の評判を落としかねませんよ。」
小寺はにこりと笑った。
「おっしゃるとおりです。なのでここは自衛隊と警察でしっかりと役割の線引きをしておいた方が良いと思うのです。」
「そうですね。」
「とにかく矢高慎吾。こいつは私らの管轄とします。三好さん。あなたも富樫さんも公私に関わらず奴と接点を持たないでください。」
「そのようにします。」
「またあなたら以外の公安特課の人間が奴と接触をした。そのような事があれば、すぐに私に報告ください。」
「いや待って。自衛隊は矢高をマークしているのでは?」
「24時間監視しています。ですが奴の携帯での連絡だけは傍受できずにいます。」
「携帯の傍受…。」
「はい。」
自衛隊情報部の実力は侮れないと耳にしていたが、ここまで徹底しているとは正直考えてもいなかった。
すでに作戦行動は始まっているのか。
三好の背中が寒くなった。
並べてあった矢高の写真をしまった小寺はふうっと息を吐いた。
「もしもその6つの拠点全てに既に火器が大量に運ばれていたとしたら…。」
「われわれ警察では対応不能です。」
「踏み込んでも返り討ちに遭ってしまう。ですか。」
「はい。拠点がひとつふたつならSAT投入に躊躇いはありません。ですが6拠点となると我々には無理です。」
小寺は頷く。
「自衛隊には対テロ部隊が存在すると聞きます。」
小寺ため息ついて
「そのような名称の部隊は自衛隊に存在しません。」
「...。」
「ですが我々の力をもってすれば、脅威を排除できるものと判断しております。」
「心強い限りです。」
「この日のために死に物狂いで訓練をしてきましたから。」
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