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132 第121話

15:08
 
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交差点で信号待ちをする男の横に何者かが気配を消すように立った。
「よくやった。」
男は彼にそっと何かを手渡した。
「頼むぞ。」
受け取った彼はなんの返事もしない。
信号が青になると同時に二人は自然と距離をとり、別々の方に向かった。
「やっぱり内調だと、公安のグリップは効かせにくいって事かねぇ…。」
矢高の目の前に短く刈り込んだ髪型の老人が、背を丸める姿勢で歩いている。
姿勢は悪いが彼の足取りは確かだ。見た目とは違い、その体力は未だ衰えを見せていないといったところか。
ー古田登志夫…。齢70を過ぎて公安特課のハブ役を担うバケモノ。
矢高は自分の気配を消し、古田の後を追い始めた。
ースッポンのトシと言われたその執念の捜査姿勢。俺がいた能登署まで噂されてたよ。あれから何年だ…。あんたのような昔気質のサツカンってのはずいぶん減ったような気がする。
時折頭を指でかきながら、古田は大通りを進む。
ーこれも時代の要請…。でも俺はあんたのやり方は否定しない。空中戦だけじゃ絶対に相手を制圧できないからな。最終的には地上軍投入で押さえ込まないことには制圧できない。あんたのような存在は絶対的に必要だ。ただ…。
辻を曲がった古田は彼の前から姿を消した。
矢高はそのまままっすぐ進んで、古田が曲がった通りの方を横目で見た。
先ほど交差点で何かを手渡した男が古田と接触していた。
「あんたは年を取り過ぎた。」
ポケットからニットキャップを取り出した彼はそれを深くかむり、その場を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前方から歩いてくる男にただならぬ気配を感じた古田は立ち止まった。
「ナニモンや…。」
「古田登志夫だな。」
「…。何でワシの名前を…。」
「んな事はどうでもいい。俺はこれをあんたに渡しに来ただけ。」
男は数枚の写真を古田に手渡した。
「これは?」
「朝戸慶太。」
「朝戸?…こいつが何か。」
「こいつの背景をよく見てみろ。心当たりが無いか。」
「心当たり?」
老眼鏡を取り出した古田はそれをかけ、数枚の写真を見比べる。
瞬間、古田の顔から血の気が引いた。
「まさか…。」
「そうだ。山県の勤め先だよ。」
古田は数人の協力者をつかって、山県久美子の様子を監視している。
妙な男が山県をつけているという情報は彼のもとには入っていた。
だが身元までは割れていない。
なぜこの見ず知らずの男がそれを知っているのか。
「この朝戸が一昨日から山県久美子の様子を覗いている。」
「こいつが…。」
「知っていたか。」
「あぁ。」
流石と言って男は続ける。
「心配はない。部屋の中を覗くとか更衣室を覗くとかじゃない。ただ遠巻きに山県の様子を見ているだけ。」
「様子を見るだけ?」
「そうだ。自分から接触するようなことはない。距離を保っている。」
「…。」
「山県久美子の管理はあんたの大事な仕事だろ。気をつけるに越したことはない。」
「で、あんたは。」
「名乗るほどのものではない。」
「…。」
「この朝戸、一昨日に東京からこの金沢にやってきた。宿泊先は東山の宿だ。」
男はメモを古田に渡した。
「…あんた、どこのモンや。」
「…どこの人間だろうが、お前には有益な情報だろう。行動は起こしておいたほうがいいと思うぞ。」
こう言い残して男は古田の前から姿を消した。
折りたたまれていたメモ用紙を開いた瞬間、古田の背筋は凍りついた。
「最上の仇…やと…。」
「ノビチョク事件を受けてわかったことがある!
公安機能の強化として鳴り物入りで新設された公安特課の実力の無さが露呈してしまったことだ。
公安警察は犯罪を未然に防ぐのが指名。
予算措置も十分にされている組織であるにもかかわらず、破壊活動を許してしまった!
何という体たらく!
公安はこの失態をどう弁明するのだろうか!」
メモを握りしめた古田の耳に街頭演説の声が届いた。
「翻って自衛隊の実力は凄まじい!
こちらは事件発生から1時間も経たずに現場の原状回復に着手。
神経剤による影響を取り除くことに成功した!
また一時心肺停止に陥った被害者の一命を取り留めることにも成功した。
この点だけでも評価できるのに、あの実力組織は 
原状回復時に周辺に混乱ももたらすことなく秩序を保っていた。
これは民間人に被害者を出してしまった公安特課の対応とは対象的である!」
声の出どころを見極めるために古田は大通りに出た。
旭日旗を持ち、亡国の安保政策を糾弾するという横断幕を掲げた5名程度の男たちが交差点に立っている。
街頭演説を耳にして足を止めるものは少なくない。
「立憲自由クラブ…。」
中のひとりが「5.2決起! 防衛軍創設を求める全国運動 於 金沢駅」のプラカードを持っていた。
「あぁワシや。対象の様子はどうや。…ほうか…今日は休みか。ほれなら自宅に張り付いてくれ。理由は聞くな。で、例の男が確認できたら、ワシに報告ほしい。」
電話を切った古田はすぐさま手元の写真を携帯で撮影し、電話の先の人物にそれを送った。
「選択と集中という言葉がある。
この言葉の通りに安全保障戦略を考えれば、我が国においては公安よりもやはり自衛隊の充実に力を入れるべきではないだろうか。
日本海側に最近続々と漂着をする不審船、現在全国で多発するテロと思える事件。
もう一刻の猶予もない!
即時防衛軍創設!これを政府に要求する全国同時運動を行う!
きたる5月2日土曜!午前10時!同志諸君!金沢駅で集結しよう!」
弁士がひと通り演説を終えると聴衆から拍手が起こった。
「東山まで頼む。」
「あいよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「椎名くん?」
「あっ…はい。」
怪訝な顔つきでこちらを見る課長がいた。
「手、止まってるよ。」
「あ…すいません…。」
「例の案件、どうせまだ先なんだからさ、目の前のそれ早く上げてくんない?」
「わかりました。」
「休憩はその後にしてよ。」
「すぐやります。」
「こっちは少ない人員でどう仕事さばくか、ギリギリの調整やってんだからさ。」
携帯通知音
「あ、嫁さんだ。」
課長は携帯を触りだした。
人に厳しく自分に甘い。この言葉をそのまま体現したような存在だ。
おそらくこの時この場にある者が皆、そう思ったことだろう。
椎名はフロア全体から立ち込める妖気のようなものを感じ取った。
「あーやっきねー。」
「どうしました。」
「宝くじ外れたってよ。」
「あー…。」
「あれぜってー当たんないようにできてんだよな。どうせ知った人間だけでアタリ回して、俺らみたいな下層民はカモ。ぜってーそうだよ。くそー。」
そうだと思うなら買わなければいい。この時この場にある者みながそう思った。
「くそー、なんか一発逆転できねーかな。あーむしゃくしゃするわー。んと思い通りにならねーよ。」
「課長溜まってますね。」
「おうよ。」
「課長に合うかどうかわ分かんないですけど、5月2日に金沢駅でなんか面白いイベントがあるらしいですよ。」
「5月2日?」
「はい今週の土曜日です。」
「なにあるの?」
「何があるのか詳しくは知りません。人づてに聞いただけなんで。なんかゲリライベント的なもんらしいです。」
「へぇ…。」
「ただその前日の夜に予行演習的なものをするらしいんですよ。なんで興味あったらそこにふらっと様子を見に行くってのもいいかも。」
「ネットに情報上がってないの?」
「今のところはまだ。」
「ふうん。」
「第一いまの段階で誰がどんな事するのかわかってたらゲリラでもなんでもありませんよ。」
「たしかにそうだね。」
「こう…溜まったものを発散するのって、正直トシ取ったらなかなかできませんからねぇ。」
「そうなのよ。それに何をするにしても金がかかっちゃうのよ。」
「あーわかる。でもそのイベント、タダらしいっすよ。」
「あぁそう。それはいいねぇ。」
「リハ見てないわーって思ったら、スルーでいいんじゃないですか?自分はそうしようと思います。」
「あ、椎名くんも行くの?」
「えぇ。」
「溜まってんだねぇ君も。」
誰のせいだよとこの時この場にある者みながそう思ったのは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【Twitter】
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皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。
すべてのご意見に目を通させていただきます。
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「よくやった。」
男は彼にそっと何かを手渡した。
「頼むぞ。」
受け取った彼はなんの返事もしない。
信号が青になると同時に二人は自然と距離をとり、別々の方に向かった。
「やっぱり内調だと、公安のグリップは効かせにくいって事かねぇ…。」
矢高の目の前に短く刈り込んだ髪型の老人が、背を丸める姿勢で歩いている。
姿勢は悪いが彼の足取りは確かだ。見た目とは違い、その体力は未だ衰えを見せていないといったところか。
ー古田登志夫…。齢70を過ぎて公安特課のハブ役を担うバケモノ。
矢高は自分の気配を消し、古田の後を追い始めた。
ースッポンのトシと言われたその執念の捜査姿勢。俺がいた能登署まで噂されてたよ。あれから何年だ…。あんたのような昔気質のサツカンってのはずいぶん減ったような気がする。
時折頭を指でかきながら、古田は大通りを進む。
ーこれも時代の要請…。でも俺はあんたのやり方は否定しない。空中戦だけじゃ絶対に相手を制圧できないからな。最終的には地上軍投入で押さえ込まないことには制圧できない。あんたのような存在は絶対的に必要だ。ただ…。
辻を曲がった古田は彼の前から姿を消した。
矢高はそのまままっすぐ進んで、古田が曲がった通りの方を横目で見た。
先ほど交差点で何かを手渡した男が古田と接触していた。
「あんたは年を取り過ぎた。」
ポケットからニットキャップを取り出した彼はそれを深くかむり、その場を後にした。
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「ナニモンや…。」
「古田登志夫だな。」
「…。何でワシの名前を…。」
「んな事はどうでもいい。俺はこれをあんたに渡しに来ただけ。」
男は数枚の写真を古田に手渡した。
「これは?」
「朝戸慶太。」
「朝戸?…こいつが何か。」
「こいつの背景をよく見てみろ。心当たりが無いか。」
「心当たり?」
老眼鏡を取り出した古田はそれをかけ、数枚の写真を見比べる。
瞬間、古田の顔から血の気が引いた。
「まさか…。」
「そうだ。山県の勤め先だよ。」
古田は数人の協力者をつかって、山県久美子の様子を監視している。
妙な男が山県をつけているという情報は彼のもとには入っていた。
だが身元までは割れていない。
なぜこの見ず知らずの男がそれを知っているのか。
「この朝戸が一昨日から山県久美子の様子を覗いている。」
「こいつが…。」
「知っていたか。」
「あぁ。」
流石と言って男は続ける。
「心配はない。部屋の中を覗くとか更衣室を覗くとかじゃない。ただ遠巻きに山県の様子を見ているだけ。」
「様子を見るだけ?」
「そうだ。自分から接触するようなことはない。距離を保っている。」
「…。」
「山県久美子の管理はあんたの大事な仕事だろ。気をつけるに越したことはない。」
「で、あんたは。」
「名乗るほどのものではない。」
「…。」
「この朝戸、一昨日に東京からこの金沢にやってきた。宿泊先は東山の宿だ。」
男はメモを古田に渡した。
「…あんた、どこのモンや。」
「…どこの人間だろうが、お前には有益な情報だろう。行動は起こしておいたほうがいいと思うぞ。」
こう言い残して男は古田の前から姿を消した。
折りたたまれていたメモ用紙を開いた瞬間、古田の背筋は凍りついた。
「最上の仇…やと…。」
「ノビチョク事件を受けてわかったことがある!
公安機能の強化として鳴り物入りで新設された公安特課の実力の無さが露呈してしまったことだ。
公安警察は犯罪を未然に防ぐのが指名。
予算措置も十分にされている組織であるにもかかわらず、破壊活動を許してしまった!
何という体たらく!
公安はこの失態をどう弁明するのだろうか!」
メモを握りしめた古田の耳に街頭演説の声が届いた。
「翻って自衛隊の実力は凄まじい!
こちらは事件発生から1時間も経たずに現場の原状回復に着手。
神経剤による影響を取り除くことに成功した!
また一時心肺停止に陥った被害者の一命を取り留めることにも成功した。
この点だけでも評価できるのに、あの実力組織は 
原状回復時に周辺に混乱ももたらすことなく秩序を保っていた。
これは民間人に被害者を出してしまった公安特課の対応とは対象的である!」
声の出どころを見極めるために古田は大通りに出た。
旭日旗を持ち、亡国の安保政策を糾弾するという横断幕を掲げた5名程度の男たちが交差点に立っている。
街頭演説を耳にして足を止めるものは少なくない。
「立憲自由クラブ…。」
中のひとりが「5.2決起! 防衛軍創設を求める全国運動 於 金沢駅」のプラカードを持っていた。
「あぁワシや。対象の様子はどうや。…ほうか…今日は休みか。ほれなら自宅に張り付いてくれ。理由は聞くな。で、例の男が確認できたら、ワシに報告ほしい。」
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「選択と集中という言葉がある。
この言葉の通りに安全保障戦略を考えれば、我が国においては公安よりもやはり自衛隊の充実に力を入れるべきではないだろうか。
日本海側に最近続々と漂着をする不審船、現在全国で多発するテロと思える事件。
もう一刻の猶予もない!
即時防衛軍創設!これを政府に要求する全国同時運動を行う!
きたる5月2日土曜!午前10時!同志諸君!金沢駅で集結しよう!」
弁士がひと通り演説を終えると聴衆から拍手が起こった。
「東山まで頼む。」
「あいよ。」
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「椎名くん?」
「あっ…はい。」
怪訝な顔つきでこちらを見る課長がいた。
「手、止まってるよ。」
「あ…すいません…。」
「例の案件、どうせまだ先なんだからさ、目の前のそれ早く上げてくんない?」
「わかりました。」
「休憩はその後にしてよ。」
「すぐやります。」
「こっちは少ない人員でどう仕事さばくか、ギリギリの調整やってんだからさ。」
携帯通知音
「あ、嫁さんだ。」
課長は携帯を触りだした。
人に厳しく自分に甘い。この言葉をそのまま体現したような存在だ。
おそらくこの時この場にある者が皆、そう思ったことだろう。
椎名はフロア全体から立ち込める妖気のようなものを感じ取った。
「あーやっきねー。」
「どうしました。」
「宝くじ外れたってよ。」
「あー…。」
「あれぜってー当たんないようにできてんだよな。どうせ知った人間だけでアタリ回して、俺らみたいな下層民はカモ。ぜってーそうだよ。くそー。」
そうだと思うなら買わなければいい。この時この場にある者みながそう思った。
「くそー、なんか一発逆転できねーかな。あーむしゃくしゃするわー。んと思い通りにならねーよ。」
「課長溜まってますね。」
「おうよ。」
「課長に合うかどうかわ分かんないですけど、5月2日に金沢駅でなんか面白いイベントがあるらしいですよ。」
「5月2日?」
「はい今週の土曜日です。」
「なにあるの?」
「何があるのか詳しくは知りません。人づてに聞いただけなんで。なんかゲリライベント的なもんらしいです。」
「へぇ…。」
「ただその前日の夜に予行演習的なものをするらしいんですよ。なんで興味あったらそこにふらっと様子を見に行くってのもいいかも。」
「ネットに情報上がってないの?」
「今のところはまだ。」
「ふうん。」
「第一いまの段階で誰がどんな事するのかわかってたらゲリラでもなんでもありませんよ。」
「たしかにそうだね。」
「こう…溜まったものを発散するのって、正直トシ取ったらなかなかできませんからねぇ。」
「そうなのよ。それに何をするにしても金がかかっちゃうのよ。」
「あーわかる。でもそのイベント、タダらしいっすよ。」
「あぁそう。それはいいねぇ。」
「リハ見てないわーって思ったら、スルーでいいんじゃないですか?自分はそうしようと思います。」
「あ、椎名くんも行くの?」
「えぇ。」
「溜まってんだねぇ君も。」
誰のせいだよとこの時この場にある者みながそう思ったのは言うまでもない。
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